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日本武士鑑

向坂(さぎさか)平治兵衛子敵討事
向坂平治兵衛といひし浪人の子千之丞、御旗本方へ児小姓に出、傍輩の中小姓と懇志にせしお主人聞給ひ、両人に暇給はりし、彼男日々夜々に千之丞宿に来、親彼が行跡不宜お見透、向後来給ふなといはれ、暫は来らざりしが、或時親他行の留主に来しお、早く帰られよ、今にもあれ親の帰りなば、互の為も不宜といひしかば、親人こそあれ、其方はかくはいふ間敷事なりとて、脇指お抜千之丞お突、つかれて抜合ければ、逃て往お追欠しかど、深手にて倒死ぬ、親憤深て子の敵討たる様は有まじけれ共、可討兄弟もなき者なり、其某(それがし)可討と公儀へ訴、許免お蒙、ねらひ、伊豆の三島にて廻合潔討侍し、