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翁草
五十五
江戸吉原松葉屋瀬川事
瀬川は〈○中略〉歌浦お禿に呼のけさせ、客は襖にもたれ浄るりお語居ける処お、思ひ込て襖越に詞おかけ、肩先より乳の上迄突通す、源八は不意の事には有、念力の理剣に貫れ、悶苦む計にて敵する事不協、連れの両人瀬川お抱留んとするお、振切て夫の敵なれば斯の如しと、とゞめお刺んと、源八が上に乗かゝる所お、親方其外家内の者大勢追々駈付、敵討と有ても証拠無ては、上への申上容易成まじ、先此儘にて公儀へ訴、撿使お請て公裁に任すべしと、早々訴之処に、金七〈並〉瀬川が老母君太夫皆々息お切て馳来、委細の様子お聞、年来の本望此上無しと悦ぶ事無限、扠撿使曲淵治左衛門、広瀬作之助来、段々詮議の上、手負お連て奉行所へ立帰、町奉行中山出雲守御役所に於、厳敷手負お糺明有之処、〈○中略〉道中の強賊と成、江尻にて小野田〈○瀬川夫〉お殺し、金子四百五十両、其外腰物以下雑具不残奪取、上方者と偽り、此所に遊興致居候段、悉く令白状、同類も相知、神奈川にて、弐人ともに被捕、大科の者共なれば、鈴森にて源八始三人共梟首せらる、〈○下略〉