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近代公実厳秘錄

鶴岡伝内横死之事
清水新次郎とて小姓組の有しが、此者は鶴岡と日頃兄弟の契約おなし、念友の中成しが、今度伝内横死、其跡断絶して、しかもうたれ損となり、誰有て其仇お報ずべき者もなければ、甚無念成事に思ひて了簡極め、所詮我懇意格別成し身なれば、誠の兄のごとし、御いとまお申請て、彼下人軍蔵お尋ね出し、終に討て手向ばやと思ひつめ、書付お以御暇願ひける、〈○中略〉
清水新次郎山本抱への秋しのに馴染お重る事〈○中略〉
下人の軍蔵主人鶴岡お切殺し、金銀衣服お奪取、本国下総へ立帰り、其後江戸へ出て金銀お以身お飾り、由緒ある浪人らしく拵ひて、三谷今戸瓦やく近辺に小き家おかまひ、近所の人々に剣術やはらの指南して居たりけり、段々手広く成りて、よし原の中へ入こみ、くつわ共おも指南して、あるきけるが、山本助右衛門もかれが弟子となり、或時助右衛門かの軍蔵お同道して、我家へ来りけるお、秋篠ちらと見るより、是こそ兼而新次郎殿の申給ふに姿もよく似たりと、心お付て見る程、申置しに少しも違はず、ござんなれ是なるべしと、早々新次郎方へ文して申遣しけるは、〈○中略〉
清水仇討遊女秋篠助太刀の事
最早浅草寺の初更も聞へければ、約束の通、総泉寺の門前松原へ赴きけり、未だ軍蔵は見へざりしが、良有て軍蔵は用意支度すさまじく出立て、援へ来り、いかに新次郎参られしやといふとき、先刻より待受たり、神妙にも来りたり、いざ勝負せんと双方立あがり、いかに軍蔵、我は鶴岡伝内が弟分清水新次郎也、兄の敵思ひしれと切掛る、心得たりと請開き戦ふて、秘術お尽しける、軍蔵は元より達者にて、やゝもすれば、新衣郎はうけ太刀にぞ見へける、かゝる処へ、総泉寺の方丈より、小姓体の者来りけるが、後よりはつしと切る、はつと後へ振向所へ、清水たゝみかけてふみこんで軍蔵お切伏せたり、とゞめおさして、清水彼の小姓らしき者に向て申聞候は、どなたなれば助太刀被成下しそといへば、彼者答へて、先々目出度御本望足り候半といふお、よく〳〵見れば、山本抱への遊女秋篠なり、〈○中略〉新次郎大に感心して悦び、かぐて可有様なければ、早々町奉行稲生下野守へ相届ければ、委細に吟味し給ひ、清水おば紀州へ御渡し有之しとなり、扠秋篠おば紀州の太守より、山本へ金子被下て御引取、清水に妻に被下けり、〈○下略〉