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雨窻閑話
少年敵討〈並〉雲州の士詞の助太刀の事
一慶長年中の頃かとよ、播磨姫路近辺へ雲州の侍にて、四五百石許とると覚しき侍、旅行して駕籠より出で、茶屋に腰お掛け、茶おたべて居る所へ、年の頃十四五歳程なる童走り来て、雪州の侍に申すは、某は親の敵おねらふ者に候処、隻今此所にて見かけ候ゆえ、討ち果たし候図に候へども、敵は鎗お持たせ居り候故、手前も鎗にて勝負仕度く候間、近頃御無心ながら、貴子御もたせある所の御道具借用申し度く候なり、我等浪人の儀故、詮方なく候と申しければ、雲州の侍委細承知いたし候、御若年に候処感じ入り候、併右の敵討は兼て御届置かれ候かと尋ねければ、浪人の曰く、兼ねて相届け置き、今日此所にて勝負仕る事故、所の領主へも申し達し置き候、御気遣下さるまじく候、侍曰く、しからば持鎗御用立たく候へども、主用にて旅行致し候へば、私の儘にも成りがたく、鎗は主人の為の鎗にて候間、御用立申すまじ、去ながらうしろ立にはなり可申候間、心強く思し召され候へといひければ、浪人大に悦び、とかくする内、敵も出で来れり、大身の鎗おさげ来り、たゞちに浪人に向ひて突きかくれば、浪人もこゝおせんどゝ働きけり、雲州の侍は狭箱に腰打ちかけて、これお見物する所、敵は大兵の手垂といひ、長ものゝ得道具なれば、浪士の方危く見えて、陰になりて見ゆれば、敵は陽に進みて付け入らんとせる時、雲州の侍、其石突はと声おかけゝれば、敵うしろへ振返りける所お、浪士飛び込みて切り殺しけり、然る処敵の若党共、彼少年に切りてかゝらんとしけるお、雲州の士鎗の鞘おはづし、眼おあらゝげて、其方共は剣お負ふと雲ふ者なり、引かずは相手に成るべしといひければ、忽静まりけり、〈○下略〉