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窻の須佐美追加

萩原源兵衛と雲官府の士、奴僕罪ある由にて刺し殺しけり、その奴の兄なる男ありけり、いかに主なりとて、弟おあえなく殺されたる、その怨むくふべしとて、其家の奴となりけり、萩原早く見知けるが、さらぬ体にて鎗お持する奴と定て、出入に供しつゝ、五年おへしが、終にあやしき事も無りけり、さて有てかの奴、此春は暇給べしと雲に、萩原雲やう、年久しくつかひて、つねに怠らず勤ぬれば、猶もあれかしと思に、何とてさは雲ぞ、直に聞べしとて呼ければ、刀お脱し、身お改めて出つゝ雲やう、されば弟お殺され申つる故、怨申べき心得にて、五年以来つかへ候が、主君の威光さすが思ひよるべきよすがなく、且は殊更に憐給り、かた〴〵恨申さん心うせはて候、此上は世お捨てゝ法師とならんと存候とて、即髪お切涙お流して申ければ、奇特なる心入なり、とくより女が心お知ぬるぞかし、その申所も聞届ぬ、さらば衣にても調ぜよとて、金おあたへてつかはしけるとぞ、