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発心集

三井寺僧夢に貧報お見る事
中比みいでらに、わりなくまづしき僧ありけり、ねんじわびておもふやう、かく所縁のなきなめう、かくしも思事のたがふべきかは我ほかへゆきて、すぐせおも心みんと思ひて、ひるなどは旅すがたもあやしければ、あかつき出たつほどに、夜ぶかくおき、みちのほども、わづらはしかるべしとて、しばしよりふしたる夢に、いろあおみやせおとろへたる冠者の、わびしげなる、我とおなじやうに、わらぐつはきなど用意し、いみじう出たつあり、さき〳〵もみえぬ者なれば、あやしくて、おのれは何ものぞととふ、とし比さぶらふ者なり、いつもはなれたてまつらぬ身なれば、御とも申候はんとて、出たち侍るといふ、僧のいふやう、さるものやはある、名おば何といふぞととへば、人々しき身ならねば、異名侍り、たゞうちみる人は、貧報の冠者となん申侍るといふと見て、夢さめぬれば、すなはち身のつたなきすぐせおしり、いづくへ行とも、此冠者がそひたらんにはと思ひて、ほかごゝろあらためて、あやしながらもとの寺にぞすみける、