[p.0581]
百家奇行伝

笹岡市正
市正は生国越後村松の豪家なり、氏は笹岡、名は静、字は希黙、〈○中略〉神道に帰依して、神職となる、性旅鈍に似て無欲なり、生平に人に説に、すべて世人四気おさらば無事ならんといふ、人其由縁お問ば、こたへていふ、四気とは、色気、欲気、食気、勝気なり、人この四気だに去ば、生涯無事なるべしとおしふ、其躬のおこなひ、最いふ所の若し、一年市正が甥来りて、市正に謂て曰く、爾つねに四気おさる事お以て、人に教ふ、女も今四気お去て、この家督おわれに譲べしといふ、市正あらそはずして、甥に家督おゆづり、才の盤纏お懐裏にして、江戸に出て、赤坂東横町に住して、神職お業とし、清貧おたのしむ、