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今昔物語
二十四
参河守大江定基送来読和歌第四十八
今昔、大江定基朝臣参河守にて有ける時、世中辛くして、露食物無かりける比、五月の霖雨しける程、女の鏡お売りて定基朝臣が家に来たりければ、取入れて見るに、五寸許なる押覆ひなる張筥の、沃懸地に黄に蒔るお、陸奥紙の馥きに裹て有り、開て見れば、鏡の筥の内に薄様お引破て、可咲気なる手お以て此く書たり、
けふまでとみるに涙のますかヾみなれたるかげお人にかたるな、と定基朝臣此れお見て、道心お発たる比にて、極く泣て、米十石お車に入れて、鏡おば売る人に返し取せて、車お女に副へてぞ遣ける、歌の返しお鏡の筥に入れてぞ、遣たりけれども、其の返歌おは不語ら、其車に副へて遣たりける、雑色の返て語りけるは、五条油の小路辺に荒たる檜皮屋の内になん下し置つるとぞ雲ひける、誰が家とは雲はぬなるべしとなん語り伝へたるとや、