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塩尻
四十八
夫才識名声は、世の重んずる処、富裕貴顕は人の欲する所、然るに自分おしらず、専らこれに驕傲して、人お看下せば、世是お些り、人これお憎み、終に必困苦敗棄せらるゝに至る事古今ひとし、貧乏は世の厭ふ所卑賤は人の恥る所也、何の驕る事や有といふ人あり、つらつら看よ、不幸にして貧究し、世にあらずして卑賤に居者、良もすれば世お憤り、人お恨むが故に、言に発して濁富は清貧にしかず、不義の出身は浮雲の如し、夷斉顔曾の賢凱富且貴やなど口にいひ、平居亦大言して矯枉正に過ぐ、凡そ貴に登り権盛なる人お見ては、必ず白眼お以てし、富禄豊に厚き者お聞ては、必らず衰困究消の日お待の心あるが如し、故に人毎に睦じからず、是自貧賤に驕りて人お謾ずるにあらずや、凱是お憎みいとはざるべき、人眼あらば何ぞ禍おとらずしてあるべき、是貧賤に安んじ命に任せざる小人のすがたのみ、