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今昔物語
二十
延興寺僧恵昧依惡業受牛身語第二十
今昔、延興寺と雲ふ寺有り、其寺に恵昧〈○恵昧、日本霊異記作恵勝、〉と雲僧住けり、年来此の寺に住む間に、寺の温室分の薪一束お取て、人に与へたりけるに、其後償ふ事無くて、恵昧死にけり、而る間、其寺の辺に本より〓有けり、一の犢生にけり、其犢長大にして後、其犢に車お懸て薪お積て寺の内に入る、其時に不知ぬ僧、寺の門に出来て、此の犢お見て雲く、恵昧法師は生たりし時、〓槃経お明暮読奉しかども、車引く事こそ哀なれと、犢此れお聞て、涙お流して忽に倒れて死ぬ、犢の主此れお見て、大に嗔て、其不知ぬ僧お詈て、女が此の牛おば咀ひ殺しつる也と雲て、即ち僧お捕て、公に将行て此由お申す、公け此お聞し召して、其故お令問給はむとして、先僧お召て見給ふに、僧の形有様端正にして、隻人と不見へ、而れば驚き恠み給て、忽に咎行はむ事お恐て、浄き所に僧お居へて、止事無き絵師共お召して此の僧の形ち有様世に不似端正也、而れば此形お不謬書て可奉と、絵師等宣旨お奉りて、各筆お振て書写して持参したるに、公此れお見給ふに、本の僧の形には非ずして、皆観音の像也、其時に僧掻消つ様に失せぬ、然れば公け驚き恐給ひ事無限し、其現に知ぬ、観音の恵昧が牛と成れることお、人に令知むが為、僧の形と成て示し給也けり、牛の主此お不知して、僧に咎お行はむと為ることお悔ひ悲びけり、人此れお以て可知、一塵の物也と雲とも、借用せし物おば慥に可返す也、不返して死するは、必畜生と成て、此れお償也となむ語り伝へたるとや、