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塩尻
十五
京師の富人壼某とかや、老病に臨て、数多の子供お集めて曰、世に子に遺言おなして、却て跡のみだりがはしき多し、我甚是お非とす、我蔵の財は一巻の目錄に有、女等得まほしき物あらば、互ひに和らぎ集りて、我為に遺書お作れと、子供諾し、親族お会し、彼詞の通り互ひに恨なき様に書しかば、父見て甚好とて、印章おおして、所の名主にも見せて後、程なく身まかりける、跡には種々の財宝居宅金銀及券証なんど有しかども、多くの子供かねて定めし儘に取侍りしかば、争もなくて中よく今にありと、京の人語りし、あはれかしこき謀事なり、古今所分に依て、兄弟仇敵のやうになるも少からず、此商家数十万金の跡むづかしき事なき、実に慈といふべきのみ、