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字治拾遺物語

これもいまはむかし、伏見修理大夫俊綱のもとへ、殿上人廿人計おしよせたりけるに、俄にさはぎけり、さかなものとりあへず、沈地の机に時のものども、いろ〳〵たゞおしはかるべし、さかづきたび〳〵になりて、おの〳〵たはふれ出ける、厩にくろ馬の額少しろきお廿匹たてたりけり、移のくら廿具、鞍かけにかけたりけり、殿上人酔みだれて、おの〳〵この馬にうつしのくらおきてのせて返しにけり、つとめてさても昨日いみじくしたるものかなといひて、いざまたおしよせんと雲て、又廿人おしよせたりければ、このたびはさる体にして、俄なるさまはきのふにかはりて、すびつおかざりたりけり、厩おみれば、黒栗毛なる馬おぞ廿匹までたてたりける、これも額白かりけり、大かたかばかりの人共なかりけり、これは宇治殿の御子におはしけり、されどもきんたちおほくおはしましければ、橘俊遠といひて、世の中の徳人ありけり、その子になしてかゝるさまの人にぞ、なさせたまふたりけるとぞ、