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今昔物語
二十六
兵衛佐上緌主於西八条見得金語第十三
今昔、兵衛佐と雲人有けり、冠の上緌の長かりければ、世の人上緌の主となん付たりける、其の人西の八条と、京極との畠中に賤の小家一つ有り、其前お行けるに、俄に夕立のしければ、馬よは下りて其小家に入ぬ、見れば嫗一人居たり、馬おも引入て、夕立お過さんとするに、家の内に平なる石の碁枰の様なる有、其に尻お打懸て、上緌の主居たるに、石お以て此居たる石お手に扣き居たれば、打たれて窪みたる所お見るに、銀にこそありけれと、見つれば、剥たる所に土お塗り隠した、嫗の雲く、何ぞの石にか候はむ、昔より此に此て候ふ石也と、上緌の主、本より此てありけるかと問へば、嫗の雲く、此の所は昔の長者の家となん承はる、此屋所は倉共の跡に候ひける、実に見しば、大なる礎の石共有、然て其尻懸させ給へる石は、其の倉の跡お畠に作らんと、思ひて、畝お堀る間に、土の下よた被堀出て候ひし也、其て此て宿の内に候へば、掻去んと思ひ候へども、嫗ば力は弱し、可掻去様も無れば、〓む〓む此て置て候ふ石也と、上緌の主此お聞て、早ふ知らぬにこそありけれ、目有者ぞ見付る、我此の石取らんと思ひて、嫗に雲く、此の石は嫗共こそ由無物とおもふなれ共、我家に持行て可仕要のあるなりと雲へば、嫗隻疾召てよと雲に、上緌の主、其の辺に知りたる下人の許に車お借て、掻入れて、出んと為る程に、隻に取んが罪得がましかりければ、著たる衣お脱て、嫗に取らすれば、嫗も心も得ずして、騒き迷ふ、然れば上緌の主、此て年来有石お隻に取んが惡ければ、衣おば脱て取する也と雲へば、嫗聊不思掛不用の石の替に、此許極じき財の御衣お給はらんとは不思、穴怖し、々々々と雲て、棹の有にかけて礼む、然て上緌の主は、此の石お車に掻入れて、遣らせて家に返て、打欠打欠売るに、漸く思しき物共、皆出来ぬ、米、絹、綾など多く出来ぬ、然て西の四条よりは北、皇賀門よりは西に、人も往ず浮のゆう〳〵とする一町余許有、其お直幾許も不為と思て、直隻少に買つ、主は不用の浮なれば、畠にも否作まじ、家も不作まじければ、不用の所と思ふに、直少にても買ふ人の有れば、いみじき者かなと思て売つ、上緌の主此の浮お買取て後、摂津の国に行ぬ、船四五艘、艜など具して、難波の辺に行て、酒粥などお多く儲け、亦鎌お多く儲けて、往還の人お多く招き寄て、其酒粥お皆飲し、然て其替には、此の葦苅て少し得させよと雲ければ、或は四五束、或は十束、或は二三束苅て取らす、如此三四日苅せければ、山の如く苅せ積、其お船十余艘に積て、京へ上るに、往還の下衆共に、隻に過んよりは、此船の縄手引と雲ければ、酒おじ多く儲たれば、酒お呑つ綱手お引けば、糸疾く加茂河尻に引付つ、其後は、車借て物お取せつヽ運び、往還の下衆共に、如此酒お呑せて、其買得たる浮の所に、皆運び持来ぬ、然て其の藁お其浮に敷て、其の上に、其辺土お救て、下衆共お多く雇て列置て、其上に屋お造にけり、其の南の町は、大納言源定と雲ける人の家なり、それお其の定の大納言、上緌の主の手より買取て、南北二町には成たるなり、今の西の宮と雲ふ所此れなり、彼嫗の家の銀の石お取て、上緌の主其家おも造り儲け、家も豊成たりけるなり、此も前世の機縁有事にこそ有らめとなん、語り伝へたるとや、