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太平記
二十六
執事兄弟奢侈事
夫富貴に驕り功に侈て、終お不慎は、人の尋常皆ある事なれば、武蔵守師直、今度南方の軍に打勝て後、弥心奢り、挙動思ふ様に成て、仁義おも不顧、世の嘲哢おも知ぬ事共多かりけり、常の法には、四品以下の平侍武士なんどは、関板打ぬ舒葺(のしぶき)の家にだに、居ぬ事にてこそあるに、此師直は、一条今出川に、故兵部卿親王の御母堂、民部卿三位殿の、住荒し給ひし古御所お点じて、棟門唐門四方にあぐ、釣殿、渡殿、泉殿、棟梁高造り双て、奇麗の壮観お逞くせり、泉水には伊勢島、雑賀の大石共お集たれば、車碾夕軸お摧き、呉牛喘て舌お垂る、樹は月中の桂、仙家の菊、吉野の桜、尾上の松、露霜染し紅の、八しほの岡の下紅葉、西行が古、枯葉の風お詠たりし、難波の葦の一村、在原中将の東の旅に露分し、字津の山辺のつた楓、名所々々の風景お、さながら庭に集たり、