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閑田次筆

元禄の比か、年季さだかにはしらず、京に中村某なるもの奢侈に過て、官の御咎お蒙り、捉はれて東へ下る時、大津にてやどりたる夜、近き山に鹿の鳴おきゝて、寝ながらは是もおごりか鹿のこえ、過奢者の罪お得て懲たる心ばへあはれなり、また其後浪華の巽何がしといふもの、同じく過奢にて召捕れ、東へおもむく道にて、笑ふものわらはれてみよ花の旅、といふ句おしたり、誠に笑ふもの、此まねは及ぶべからねど、己が非お省みざる志、大におとれりと、ある人併せて評せしは、ことわりに覚えしか、此巽何がしは事はてゝのち、京にすみて導引おせしが、病人の按腹する間、物蔭にて妾に筝お弾しむ、按腹は心お静めてなすべければといへりとぞ、是はもろこしにて、蘇合楽お吹く間に煉る薬お、蘇合円といへる故事より、おもひよれるよし、生涯過奢の意止ざりしはしるべし、