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平家物語

妓王事
そのころ、京中に聞えたるしらびやうしのじやうず、ぎ王、ぎ女とて、おとゞひあり、とちといふしらびやうしがむすめなり、しかるにあねのぎわうお、入道相国〈○平清盛〉てうあいし給ひしうへ、いもとの妓女おも、世の人もてなす事なのめならす、母とちにもよき屋つくつてとらせ、毎月に百石、百くはんお、おくられたりければ、家内ふつきして、たのしひ事なのめならず、〈○中略〉又しらびやうしのじやうず、一人出来たり、加賀の国のものなり、名おばほとけとぞ申ける、年十六とぞきこへ〈○中略〉あるとき、にし八条殿へぞさんじたる、〈○中略〉入道相国舞にめで給ひて、ほとけにこゝろおうつされけり、ほとけ御前、〈○中略〉はや〳〵いとま給はつて、いださせおはしませと申ければ、入道相国、すべてそのぎかなふまじ、たゞしぎわうがあるによつて、さやうにはゞかるか、そのぎならば、ぎわうおこそ出さめとのたまへば、ほとけ御ぜん、これ又いかでさる御事侍ふべき〈○中略〉とそ申ける、入道そのぎならば、ぎわうとう〳〵まかり出よと、御つかひかさねて、三度までこそ立られけれ、〈○中略〉ぎわういまはかうとて、出けるが、なからんあとのわすれがたみにもとやおもひけん、しやうじになく〳〵、一首のうたおぞかきつけける、
もえいづるもかるゝもおなじ野辺の草いづれか秋にあはではつべき、さて車にのつてしゆくしよへかへり、しやうじの内にたおれふし、たゞなくよりほかの事ぞなき、いもとこれお見て、いかにやいかにととひけれども、ぎわうとかうの返事にもおよばず、ぐしたる女にたづねてこそ、さる事有ともしつてけれ、さるほどにまい月おくられける、百石、百くはんおも、おしとめられて、今はほとけ御ぜんのゆかりのものどもぞ、はじめてたのしみさかへける、