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太平記
二十六
執事兄弟奢侈事
夫富貴に驕り、功に侈て、終お不慎は、人の尋常皆ある事なれば、武蔵守師直、今度南方の軍に打勝て後、弥心奢り、挙動思ふ様に成て、仁義おも不顧、世の嘲哢おも知ぬ事共多かりけり、〈○中略〉月卿雲客の御女などは、世お浮草ぞ寄方無て、誘引水あらばと打詫ぬる折節なれば、せめてはさも如何せん、、申も無止事宮腹など、其数お不知、此彼に隠置奉て、毎夜通ふ方多かりしかば、執事の宮回に、手向お受ぬ神もなしと、京童部なんどが咲種なり、加様の事多かる中にも、殊更冥加の、程も如何かと覚て、うたてかりしは、二条前関白殿の御妹、深宮の中に被冊、三千の数にもと思召たりしお、師直盗出し奉て、始は少し忍たる様なりしが、後は早打顕れたる振舞にて、憚る方も無りけり、角て年月お経しかば、此御腹に男子一人出来て、武蔵五郎とぞ申ける、