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大鏡
三/太政大臣実頼
あつとしの少将は、男子佐理大弐、よのてかきの上手、〈○中略〉御心ばへぞ解怠し、すこし如泥人とも聞えつべくおはせし、故中関白殿東三条つくらせ給ひて、御障子にうたえどもかゝせ給ひし色紙形お、この大弐にかけとのたまはするお、いたく人さはがしからぬほどにまいりて、かゝれなばよかりぬべかりけるに、関白殿わたらせ給ひて、上達部、殿上人など、さるべき人々あまた参りつどひてのちに、日たかくまたれたてまつりて、まいり給へりければ、すこしこつなくおぼしめさるれど、さりとてあるべき事ならねば、かきてまかりいで給ふに、女のさうぞくかづけさせ給ふお、さしてもありぬべくおぼさるれど、すつべき事ならねば、そこらの人の中おわけいでられけるなん、なおけだいの失錯なりける、のどかなるけさ、とくもうちまいりて、かゝれたらましかば、かゝらましやはとぞ、見る人もおもひ、みづからもおぼしたりける、むげのそのみちのなべてのげらうなどにこそ、かうやうなる事はせさせ給はめと、殿おもそしり申人ありけり、