[p.0661]
玉勝間
十一
そらごとおうそといふ事
万葉四の巻に、逢見ては月もへなくにこふといはゞおそろと我おおもほさむかも、又十四の巻に、からすとふおほおそ鳥のまさてにも来まさぬ君おころくとぞなく、此歌の意は、そのごとくまさしく来(き)もし給はぬ君なる物お、烏といふ大虚言鳥(おほおそどり)の、此来(ころく)〳〵と鳴ことよといへる也、ころくは、ろは例のやすめ辞にて、こは此にて、此所へ来(く)といふこと也、子等来(ころく)にはあらず、すべて子には、古故などの字お書る例なるに、これは許字お書たり、そのうへ来(き)まさぬ君とは、女の男おさしていへる言なるに、そお子等(こら)といふべきにあらず、さて清輔の朝臣の奥等抄に、或人雲、ひむかしの国の者は、そらごとおば、おそごとゝいふ也とあり、上件の万葉四の巻なるは、東人(あづまびと)の歌にはあらざれば、いにしへは、おそといふ言、京人もいひし也、かくておそは、ずなはち今の世にうそといふ言これ逝、おとうとは、殊にしたしく通ふ音也、