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続近世奇人伝

子松源八子松源八時達は、出雲の家士射芸の師也、老て山心と号す、為人方正淳朴比類なし、〈○中略〉市店にいたり盃お買て、その大に心お愜ふお択て、瑕なきやととふ、市人なしと答へたれば、頓て価お出し盃お懐にしてかへりしお、妻熟視て、杯のうらの糸底に瑕あるお見出しかくといへば、源八また懐にして彼所に往、盃お返して、何故に我お欺ぞといふ、市人過お謝し、値お返さんといふ時、源八我は欺お受ることお欲せず、故に盃お返す也、値お惜にはあらず、女は値お欲する故に我お欺く也、いまわれ欺おうけざれば望足る、女も亦値お得れば望たれり、是両ながら望たれば、何ぞ値お返すおうけんやといひ捨てかへる、