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明良洪範
十九
大和入道たんはんこと、或時年始の御礼に、拓子お差上て御礼申し上、直に拝領と申して持帰りし事あり、おどけ者にてぞ有つる、されども神君にはたんはん儀お常々御褒め遊ばされ、鎗一本お持せば、矢倉一つは気遣ひなく持ものなりと仰せられ候、神君たんはんに金子ほしきやと、御座にて御意候らへば、いや望みは御座なく候へども、下され候はヾ申し請べき由申し上候、手前薄く候故下されべくと思召、金子百両綿に包み、其上お紙にて包み、老人の事なれば此金顔にあたり候ては、如何と思召ての御ことなり、さて是おうくるや否、請候はヾ下されべく候とて、御小姓衆に仰せられ、なげつけられ候らへば、三度迄取はづし申し候故、惜き事よとてぞ、彼金子お御とりなされ、奥へ入らせ給ひける、たんはん追欠御ひきやう〳〵と申しながら、奥の口まで参り袖おひかへ、雞の鳴まねお致し、かちどきお上たりけると申し伝へける、