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甲子夜話
十三
来們には放達不羈の人多し、行検お以て取るべからずとい主ども、其気象快活、近世の腐儒には優るべし、筑波仙人〈石中綠○中略〉又夏納凉して市街お歩す、西瓜お切りて売る者あり、掛灯お赤紙にて張れば、その光売人の顔に移りて赤し、頻りに西瓜お買べしと勧む、山人笑て曰、何ぞ被酒酩酊なるや、売人怒て酒お飲しことなしと雲、山人大に笑て、其顔の赤さにて、尚酒お飲ずと陳ずるは如何と雲、売人此灯光顔に移りて赤きなりと雲、そのとき山人益々笑て、然らば其西瓜の赤きも、灯光の映ずるならん、さあるときは、其西瓜買に足らずとて去る、路人傍聴一哄す、売人怒れどもせん方なし、其滑稽亦如此、