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明良洪範
二十一
神田橋より竜の口へ通道にて喧嘩有りき、其故御書院番渡辺源蔵、大手より出、神田橋の方へ趣く所に、水野日向守徒士の者四人、神田橋御門内出羽守屋しきより出迎に大手下馬へ趣く、御礼日に享往還込合ける故に、歩行の者一人源蔵が供お割たり、生得の源蔵気早き者にて、手廻りに風流者お抱へ置たれ、ば、若党慮外者と称して、件の徒士お突走らしむ、彼徒士立留まりたりしが、雑兵お見て源蔵馬より下知して、慮外者切れと雲しかば、若党共刀脇差お抜て矢庭に是お切殺す、然るに残る所の徒士は少々行過たりけるが、顧りみて三人抜連れて切てかかる、源蔵馬より飛下り、十文字の鎗お取て忽ちに一人突伏せたり、二人猶相働らきける、源蔵馬の口取お切伏せ、此間に方々の辻番所より大勢出合、左右に分たり、下馬に腰掛居たりし出羽守が徒士、傍輩の者喧嘩と聞、十六七人走り来、これに依て中小姓仲け間小人に至るまで六十七人走り来りて、源蔵お取寵る、神田橋御門上番の士共一両人、足軽お引具して来りて、両方に相隔つ、出羽守屋敷近所故、家人等追取刀にて数十人走り来る、両御番衆は御城お替りの時分なれば段段来り、源蔵相番は勿論知る人も知らぬ人も来合、源蔵と一所に集りたる、已に珍事に及ばんとす、此事御城内へ相知れ、御徒士目付来りて源蔵お先井上河内守宅に入れ、出初守家人共は下馬へ遣はし、或は屋敷へも分け遣はし、両方詮議せしむ、口上書の内、死人共お片付よとて、御徒士目付は登城す、これに依て静に右之段御徒目付委細申し上る、依て上聞に達する所に、源蔵は御直参、彼等は倍臣、殊に慮外なれば、子細なく相済けり、