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窻の須佐美

関東に住る野武子の子、若気にて放埒ゆへ追出され、張門名なる鍋屋の奴僕となりて有しが、鴻巣に売がけありしかば、十二月晦日取に行つゝ、夜に入帰とて、銭二貫文、棒の前後に結つけかつぎて、熊谷の此方久下堤お通りしが、夜半ばかりになりぬ、夜盗出て、酒手おあたへよといひしかば、我はかけ乞にて、主の売がけ銭二貫文、金五両持れども、主の物なれば遣しがたし、我ものとては、一銭も持合せず、ゆるし給はれといふ、是非取べし、左なくば殺さんといひければ、然らば先銭お渡し申とて、棒お擲出し、金子は懐中裸に懸たり、手すくみて出し難し、御取候へと答ければ、山伏と見ゆる剛勢の男立寄て懐へ手お入る所お、それが差たる刀お抜とりて、袈裟がけに切倒しければ、残り三人は遁退けり、則其刀お腰に指て帰り、後忍の家中へ金三両に売ける刀は、孫六にてよき刀なりしとぞ、