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古今著聞集
十二/偸盗
元興寺といふ琵琶、左右なき名物也、紫檀のこう、ふと絃、ほそ絃あひかなひて、音勢も有て目出度比巴にてぞ侍ける、件の比巴はむかし、彼寺修理の時、用途のために其寺の別当うりけるお、後朱雀院春宮の御時、買めされにけり、修理おくはへらるべき事ありて、保仲がもとへつかはしける時、何と有けることにか、其使念珠引が妻なりけり、其間に彼使の男これお見て、甲のしりのかた三寸計おぬすみてきりてけり、あさましなどもいふばかりなし、さてあらぬ木にてつがれにけり、いく程の所得せんとて、かくばかりの重宝おかたはになしけん、盗人の心いづれとはいひながら、うたてく口おしかりけるものかな、
或所に偸盗入たりけり、あるじおきあひて、帰らん所お打とゞめんとて、其道お待まうけて、障子の破よりのぞきおりけるに、盗人物共少々取て袋に入て、こと〴〵くも取ず、少々お取て帰らんとするが、さけ棚の上に鉢に灰お入て置たりけるお、この盗人何とか思ひたりけん、つかみ食て後袋に取入たる物おば、本のごとくに置て帰りけり、待まうけたる事なれば、ふせてからめてけり、此盗人のふるまひ心得がたくて、其子細お尋ければ、ぬす人いふやう、我本より盗の心なし、此一両日食物絶て、術なくひだるく候まゝに、はじめてかゝるこゝろ付て参侍りつる也、然るに御棚に麦の粉やらんとおぼしき物の手にさはり候つるお、物のほしく候まゝに、つかみくいて候つるが、はじめはあまりうへたる口にて、何の物共思ひわかれず、あまたゝびになりて、はじめて灰にて候けるとしられて、其後はたべずなりぬ、食物ならぬものおたべては候へども、是お腹にくい入て候へば、物のほしさがやみて候也、是お思ふに、このうへにたべずしてこそ、かゝるあらぬさまの心も付て候へば、灰おたべてもやすくなおり候けりと思ひ候へば、取所の物おも本のごとくに置て候也といふ、哀れにもふしぎにも覚へて、かたのごとくのざうせちなどとらせて、返しやりにけり、後々にもさほどにせん、つきん時は不憚来ていへとて、つねにとぶらひけり、ぬす人も此心あはれ也、家のあるじのあはれみまた優なり、
澄恵僧都いまだ童にて侍ける時、かいしやくしける僧、かみけづらんとて、手箱おこひけるに、其手箱うせにけり、いかに求むれども見へずはや盗人のとりてけるなり、其時この児とりもあへずよみ侍ける、
しらなみのたちくるまゝに玉くしげふたみの浦のみえずなりぬる
花山院の粟田口殿の山のわらびお、あまりに人のぬすみければ、山もり縁浄法師よみ侍ける、
山守のひましなければかきわらびぬす人にこそいまはまかすれ