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奥州波奈志
猫にとられし盗人
奥の正ほう寺焼失のこと有しのち、諸国の末寺へ納物の事沙汰有しに、江戸なる徳安寺は、末寺につきて、半鐘とそうばんおわりつけられしに、其品出来せしかば、和尚持参しで奥へ旅立とて、暁天に立て、千手に小休して有し時、希代の珍事出来せしとて、寺より飛きやく追付たりその故は和尚立後人少なるおみ込て、盗人の内おうかゞふとて、せうじの紙お舌にてぬらし、穴お明んとせしお、かね〴〵和尚のひぞうせし猫の其所にふしいたりしが、舌の先へとび付て、かたくくはへてはなさず、盗人は思ひよらぬこと故もだへくるしみ、せうじこしに猫おつよくひきしかば、いよ〳〵猫も強く食たりしほどに、人々音お聞つけてみしに、猫もころされしが、盗人も死たりきと告たりける、和尚つぶさにことのよしお聞て、猫お哀とかんじ、又々もとの寺に帰りて、猫とぬす人のあとおとぶらひ、しるしの石おたてゝ、のち奥には下りしとぞ、