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今昔物語
十三
石山好尊聖人誦法花経免難語第二十
今昔、石山に好尊聖人と雲ふ僧有けり、若より法花経お受け習て日夜に読誦す、亦真言も吉く習て行法お不断ず、而る間事の縁有るに依て、丹波の国に下向して、其の国に有る間に、身に病付て行歩する事不能ず、然れば其の国の人の馬お借て其れに乗て、石山に返るに、祇園の辺に宿る、其の時に其の辺に男出来て、此の乗馬お見て雲く、此の馬は先年に我が被盗たりし馬也、其の後東西南北に尋ぬと雲へども于今不尋得ず、而に今日此にして此お見付たりと雲て、馬おば取つ、好尊おば此れ馬盗人(○○○)の法師也と雲て、捕へて縛て、打責て柱に縛り付て其の夜置たり、好尊事の有様お具に陳ぶと雲へども、男更に不聞入ず、援に持経者横様の難に更に会て、我が果報お観じて、涙お流して泣き悲て歎く事無限し、〈○中略〉其の後明る日の朝に、京の方より多の人馬盗人お追ひ求めて来る、其の時に此の男盗人お捕へむが為に家より出たるに、盗人お射むと為る間に、錯て此の男こお射つれば即ち死ぬ、其の時に諸の人、此の男被射殺たるお見て雲く、此の男無道にて、法花の持者お捕へて縛り、打責たるに依て、忽に現報お感ぜる也、日お不隔ずして馬盗人(○○○)の事に依て、死ぬる事可疑きに非ずと貴み合たり、〈○下略〉