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今昔物語
二十九
明法博士善澄被殺強盗語第二十
今昔、明法博士にて助教清原の善澄と雲ふ者有けり、道の才は並無くして、古の博士にも不劣ぬ者にてぞ有ける、年七十に余て、世の中に被用でなむ有ける、家極く貧かりければ、万づ不協でぞ過ける、而る間居たる家に強盗入けり、賢く構て善澄逃て、板敷の下に這入にければ、盗人も否不見付ず成す、盗人入り立て心に任せて物お取りて、物お破り打かはめかして、踏み壊て喤りて出にけり、其の時に善澄板敷の下より匆ぎ出で、盗人の出ぬる後に門に走り出で主、音お挙て耶己等しや顔共皆見つ、夜明けむまヽに撿非違使別当に申して、片端より捕へさせてむとすと、極く妬く思えけるまヽに、叫て門お叩て雲懸ければ、盗人此お聞て、此れ聞け己等去来返て此れ打殺してむと雲て、はら〳〵と走り返ければ、善澄手お迷して家に逃て、板敷の下に匆ぎ入らむとするに、迷て入る程に額お延に突て、急とも否入り不敢ざりければ、盗人走り来て取て引出で、太刀お以て頭お散々に打破て殺してけり、然て盗人は逃にければ、雲ふ甲斐無くて止にけり、善澄才は微妙かりけれども、露和魂無かりける者にて、此る心幼き事お雲て死ぬる也とぞ、聞きと聞く人々に雲被謗けるとなむ、語り伝へたるとや、