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宇治拾遺物語

むかし、大太部とて、いみじきぬす人の大将軍ありけり、それが京へのぼりて、物とりぬべき所あらば、入てものとらんと思て、うかゞひありきけるほどにめぐりもあばれ、門などもかた〳〵はたうれたるお、よこ様によせかけたる所のあだけなるに、おとこといふものは一人もみえずして、女のかぎりにて、はり物おほくとりちらしてあるにあはせて、八丈うる物などあまたよび入て、きぬおほくとり出て、えりかへさせつゝ物どもおかへば、ものおほかりける所かなと思て、たちとまりてみいるれば、おりしも風の南のすだれおふきあげたるに、すだれのうちになにの入たりとはみえねども、皮子のいとたがくうちつまれたるまへにふたあきて、きぬなめりとみゆる物とりちらしてあり、これおみてうれしきわざかな、天たうの我に物おたぶなりけりと思て、走かへりて、八丈一匹人にかりてはきてうるとて、ちかくよりてみれば、内にもほかにも、おとこといふものは一人もなし、たゞ女共のかぎりしてみれば、皮子もおほかり、物はみえねど、うづだかくふたおほはれ、きぬなども殊外にあり、布うち散しなどして、いみじく物おほく有げなる所かなとみゆ、たかくいひて八丈おばうらで、もちてかへりてぬしにとらせて、同類どもに、かゝる所こそあれといひまはして、そのよ、きて、門にいらんとするに、たぎりゆおおもてにかくるやうにおぼえて、ふつとえいらず、こはいかなる事ぞとて、あつまりていちんとすれど、せめてものゝおそろしかりければ、あるやうあらん、こよひはいらじとてかへりにけり、つとやてさてもいかなりつることぞとて、同るいなどぐして、うり物などもたせてきてみるに、いかにもわづらはしきことなし、物おほくあるお、女共のかぎりして、とり出取おさめすれば、ことにもあらずと返々思、みふせて、又くるれば、よく〳〵したゝめていらんとするに、なおおそろしくおぼえてえいらず、わぬしまづいれ〳〵といひたちて、こよひもなおいらず成ぬ、またつとめてもおなじやうにみゆるに、なおけしきけなる物もみえず、たゞ我がおく病にておぼゆるなめりとて、またその夜よくしたゝめて行向てたてるに、日ごろよりも猶ものおそろしかりければ、こはいかなる事ぞといひて、かへりていふやうは、ことおおこしたらん人こそ先いらめ、まづ大太郎が入べきといひければ、さもいはれたうとて、身おなきにしていりぬ、それにとりつきてかたへもいりぬ、入たれどもなおものゝおそろしければ、やはちあゆみよりてみれば、あばらなるやのうちに火ともしたり、母屋のきはにかけたる簾おばおろして、すだれのほかに火おばともしたり、まことに皮子おほかり、かのすだれの中のおそろしくおぼゆるにあはせて、すだれの内に矢お爪よるおとのするが、その矢のきて身にたつこゝちして、いふばかりなくおそろしくおぼえて、かへりいづるもせおそらしたるやうにおぼえて、かまへていでえて、あせおのごひて、こはいかなることぞ、あさましくおそろしかりつる、つまよりのおとかなといひあはせてかへりぬ、そのつとめてそのいえのかたはらに、大太郎がしりたりけることのありける家に行たれば、みつけていみじくきやうようして、いつのぼり給へるぞ、おぼつかなく侍りつるなどいへば、たゞいままうできつるまゝに、まうできたるなりといへば、かはらけまいらせんとてさけわかして、くろきかはらけのおほきなるおさかづきにして、かはらけとりて大太郎にさして、家あるじのみてかはらけわたしつ、大太郎とりてさけおひとかはらけうけてもちながら、この北にはたがいたまへるぞといへば、おどろきだるけしきにて、まだしらぬか、おほ矢のすけたけのぶの、このごろのぼりていられたるなりといふに、さはいりたらましかば、みなかずおつくして、射ころされなましとおもひけるに、ものもおぼえずおくして、そのうけたるさけおいえあるじに、頭よりうちかけてたちはしりける、ものはうつぶしにたおれにけり、いえあるじあさましとおもひて、こはいかに〳〵といひけれど、かへりみだにもせずしてにげていにけり、大太郎がとられて、むさのしろのおそろしきよしおかたりけるなり、