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古今著聞集
十二/偸盗
後鳥羽院御時、交野八郎と雲強盗の張本ありけり、今津に宿したるよしきこしめして、西面の輩おつかはしてからめ召れける、やがて御幸成て、御船にめして御覧ぜられけり、彼奴は究竟のものにて、からめて、四方おまきせむるに、とかくちがひて、いかにもからめられず、御船より上皇みづからかいおとらせ給ひて、御おきてありけり、そのとき則からめられにけり、水無瀬殿へ参たりけるに、めしすえて、いかに女程のやつが、これほどやすくは搦られたるぞと御たづね有ければ、八郎申けるは、年来からめ手向ひ候事、其数おしらず候、山にこもり水に入て、すべて人おちかづけず候、此度も西面の人々向ひて候つる程は、物の数共覚へず候つるが、御幸ならせおはしまし候て、御みづから御おきての候つる事、忝も可申上には候はねども、船のかいははしたなく重き物にて候お、扇抔おもたせ候様に御片手にとらせおはしまして、やす〳〵とかく御おきて候つるお、少みまいらせ候つるより運つきはて候て、力よは〳〵と覚へ候て、いかにものがるべくも覚へ候はで、からめられ候へぬると申たりければ、御けしきあしくもなくて、おのれめしつかふべき事也とて、ゆるされて御中間になされにけり、御幸の時は烏帽子がけして、くゝりたかくあげてはしりければ、興ある事になんおぼしめされたりけり、
或所に強盗入たりけるに、弓とりに法師おたてたりけるが、秋の末つかたの事にて侍けるに、門のもとに柿木の有ける下に、此師かたて矢はげて立たる上より、うみ柿の落けるが、この弓とりの法師がいたゞきにおちて、つぶれてさん〴〵にちりぬ、此柿のひや〳〵として、あたるおかいさぐるに、何となくぬれ〳〵と有けるお、はや射られにたりと思ひて、おくしてけり、かたへの輩と雲やう、はやくいた手お負て、いかにものぶべぐも覚ぬに、此頭うてといふ、いづくぞと問へば、頭お射られたるぞといふ、さぐれば何とはしらずぬれわたりたり、手にあかく物付たれば、げに血なりけりと思て、さらんからにけしうはあらじ、ひきたてゝゆかんとて、肩にかけて行に、いやはやいかにものぶべくも覚ぬぞ、たゞはやくびお切としきりにいひければ、雲にしたがひて打おとしつ、扠其首おつゝみて、大和国へ持て行て、此法師が家になげ入て、しかじかいひつることとて、とらせたりければ、妻子なきかなしみて見るに、更に矢の跡なし、むくろに手ばし負たりけるかと問に、しかにはあらず、此かしらの事計おぞいひつるといへば、いよ〳〵かなしみ悔れ共かひなし、おくびやうはうたてきもの也、左様のこゝろぎはにて、かく程のふるまひしけんおろか也とぞ、