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今昔物語
十五
始雲林院菩提講聖人往生語第廿二今昔、雲林院と雲ふ所に、菩提講お始め行ひける聖人有けり、本は鎮西の人也、極たる盗人也ければ、被捕て獄に七度被禁たりければ、七度と雲ふ度捕て、撿非違使共集て各議して雲く、此盗人一度獄に被禁たらむに、人として吉事に非ず、況や七度まで獄に被禁む事、世に難有く極たる公の御敵也、然れば此度は其足お切らむと定めて、足お切らむと為に、川原に将行て既に足お切らむと為る時に、世 と雲ふ相人有り、人の形お見て善悪お相するに、一事として違ふ事無かりけり、而るに其相人其盗人の足切らむと為る所お過るに、人多集れるお見て寄て見るに、人の足お切らむとす、相人此の盗人お見て切る者に向て雲く、此の人我れに免じて足お切ること無れと、切る者の雲く、此は極たる盗人として、七度まで獄に被禁たる者也、然れば此度は撿非違使集て、足ら切可しと被定れて被切也と、相人の雲く、此は必ず可往生き相お具したる者也、然れば更に不可切ずと、切る者共の雲く、由無き相為る御房かな、此く許の惡人は何ぞの往生可為きぞ、物も不思えぬ相かなと雲て、隻切に切らむと為る、相人其の切らむとする足の上に居て、此の足の代に我が足お可切る、必ず可往生すべき相有らむ者の足お切らせて我見ば、罪難遁かりなむと雲て、音お挙て叫びければ、切らむとする者共結(あつかい)て、撿非違使の許に行て、然々の事なむ侍ると雲ければ、撿非違使共亦相議して、然る止事無き相人の雲ふ事なれば、此お不用ざらむも不便也とて、非違の別当 と雲ふ人に此の事お申すに、然ば免追ひ棄てよと有ければ、足お不切ずして追ひ棄てけり、其後此の盗人深く逅心お発して、忽に髻お切て法師と成ぬ、日夜に弥陀の念仏お唱て、勤に極楽に生れむと願ひける程に、雲林院に住して、此の菩提講お始め置ける也、遂に命終る時に臨て、実に相協ひて貴くてぞ失にける、〈○下略〉