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黒田故郷物語
中間の内、盗おしたる者有、頭共申上けるは、是々の盗みお仕候間、搦置申候、御成敗なされ可然存候由申けり、如水聞て、首取事はいらぬ事ぞ、早々追出せと被申ければ、いや〳〵度度の事にて候間、此者は是非共首お被刎候へかしと申せば、上々の事也、度々盗みおせば能々盗人に生付たる者可成、急て追出せ、先々にて定て盗し、重ての主に斬せよ、第一己めが仕業は、度々盗おするお知たらば、何にしに今まで置たるぞ、一度にても合点の可有事ぞと、したゝか叱られたり、又有時、作事の奉行に、こけら又用に立ぬ木の切などお、念お入取集め、風呂屋へ渡せと被申付候へば、こけらは大工が取申候、其外は長屋の者共盗候に付、少も無之と申せば、したゝか腹お立、こけら盗人お捕へからめよ、首お可切と稠敷被申付ければ、此奉行心に思ひけるは、慈悲深く物毎和成により、け様の法度もしまらず候、幸の事と思ひ、心お付見候へば、其晩にはや、こけら盗人お見逢、からめ候へば、草り取也、主人迷惑に思ひ、人お頼み、色々様々詫言お仕候へ共、堅被仰付候間、宥申間数由申切、則其夜こけら盗人おしばり候由、手柄だてに申ければ、内心にはたわけたる仕様哉と被思けれども、能仕たり、頓て首お可切と被申付、けふか〳〵と思へども、四五日延候、如水は定て詫言可仕、其時いかにも稠敷恐し候様に雲なして可宥と思ひ、詫言遅しと被待ける時、留守居の者、作業奉行同前に罷出、こけら盗人は今晩首お切可申哉、永々しばり置候へば、日夜番お付、人も入申候由申上候へば、大たわけめ、物お能聞、其こけら盗たる者の首お切、盗みたる木の切れに、かれが著物おきせつかひて見よ、人間の役おばせまじきぞ、人お殺と雲は、何程大儀成事と思ふぞ、己らは何共おもはぬと見えたり、急でゆるし遣せと申付、却て叱られ、面目なく縄おとける、如水心には稠敷被仰付候間、見逢次第に縛り、致言上首お可切ぞ、かまへて盗な大事の義ぞとえたゝかおどし、不盗様に仕候こそ、奉行お仕候者の仕様成に、何ぞや、だまりて盗ませ、とらへ置て首お切と申は、全く以、主の為に不成覚悟也、己が役おさへ勤、能様にしなしたらば、人の迷惑にも、主の為惡敷にもかまわぬと、思ひ入たると被見付候や、其作事終候ては、重て役お不申付、自然に遠く被仕候、此旨後日に語られけると、物毎下々雲合、我おだまし、人のしかられぬ様に作う合候事は見知候へ共、互にすくひ合、落なき様にと思ふは、ふか〴〵敷主の為になる事なれば、だますとは作知、却て心根不便に思ふぞと被語けると、如此諸事無法度成様に候へども、法度稠敷家よりは能しまり、科おおかしたる者、少く候ひしと承り候、