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筆のすさび

一盗入たる時可心得事
いつの頃にか、備中さいちこといふ所に、細見勘介といふものありける、ある夜、盗の入らんとするお知りて、其腕おとらへて、格子へ引きこみ、其うちにて物に縛りつけて、扠刀おとり出す、盗たまりえず、自身其かいなお斬りて逃げぬ、〈或は同類の盗きりたりといふ〉其のち数月にして、盗また来り、勘介が寐入池るお刺殺して去る、又甚五郎といふ者、〈其所は忘たり〉盗お追懸いで、あやまちてつまづき倒れしかば、盗たち帰り、一刀刺して去る、是も死したり、其後大坂などの町中にて、巾著きりの盗の、人の懐中おさがすお、傍より見たる人、其人に知らせなどすれば、後に盗必らず其知らせし人に害おなす、或は人多き処にて、密に小刀にて股脇腹などお刺されて死ぬる人もあり、また人家に盗いりたるお、隣家より助けなどすれば、これも後日に其家へ仇おなすとなり、されば夫と知りてもしらぬ顔にて、たすけ救ふことなし、よりて盗は公然として横行す、其地の人はかゝることおしれども、田舎よりたまさかに行し人は、其心得あるべきにこそ、