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平家物語

妓王事
太政入道〈○平清盛〉は、かやうに天下お、たなごゝろのうちににぎり給ひしうへは、世のそしりおもはばからず、人のあざけりおもかへりみず、ふしぎの事おのみし給へり、たとへばそのころ、京中に聞えたるしらびやうしのじやうず、ぎ王ぎ女(○○○○)とておとゝひあり、とぢ(○○)といふしらびやうしのむすめなり、しかるにあねのぎわうお、入道相国てうあひし給ひしうへ、いもとの妓女おも、世の人もてなす事なのめならず、母とぢにもよきやつくつてとらせ、毎月に百石百くはんおくられたりければ、家内ふつきして、たのしひ事なのめならず、〈○中略〉京中のしらびやうしども、ぎわうがさいはひのめでたきやうおきいて、うらやむものもあり、そねむものもあり、うらやむものどもは、あなめでたのぎわう御ぜんのさいはひや、おなじゆう女とならば、たれもみなあのやうでこそありたけれ、いかさまにも妓といふ文字お名に付て、かくはめでたきやらん、いざや我らもついてみんとて、あるひは妓一妓二とつけ、あるひはぎふくぎとくなどつくものもありけり、〈○中略〉又しらびやうしのじやうず一人出来たり、加賀の国のものなり、名おばほとけ(○○○)とぞ申ける、年十六とぞきこえし、〈○下略〉