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古今著聞集
十/相撲強力
近比近江国かいづに金(かね/○)といふ遊女有けり、其所のさたの者也ける法師の妻にて、年比すみけるに、件の法師、又あらぬ君に心おうつしてかよひけるお、金もれ聞て、やすからず思ひけり、ある夜合宿したりけるに、法師何心なくれいのやうに、彼事くはだてんとて、またにはさまりたりけるお、其よは腰おつよぐはさみてけり、しばしはたはぶれかと思ひて、はづせはせづといひければ、猶はさみつめて和法師めが、人あなづりして、人こそあらめ、おもておならべたるものに心うつして、ねたきめみするに、物ならはかさんと雲て、たゞしめにしめまさりけれは、既にあはおふきて死なんとしけり、其時はづしぬ、法師はくだ〳〵と絶入て、わづかに息計かよひけるが、水吹などして、一時計有ていきあがりにけり、かゝりける程に、其比東国の武士、大番にて京上すとて、此かいづに日たかく宿しけり、馬共湖に入てひやしける、其中に、竹の棹さしたる馬のすゞしげなるが、物におどろきて、走りまひける、人あまた取付て引とゞめけれども、物ともせず引かなぐりてはしりけるに、此遊女行あひぬ、すこしもおどろきたる事もなくて、たかきあしだおはきたりけるに、前おはしる馬のさし縄のさきおむずとふまへけり、ふまへられて、かひこづみて、やす〳〵ととまりにけり、人々目おおどろかす事かぎりなし、其あしだ、砂ごにふかく入て、足くび迄うづまれにけり、それより此金、大力の聞え有て、人おぢあへりける、みづからいひけるは、わらはおば、いかなる男といふ共、五六人してはえしたがへじとぞ自称しける、ある時は手おさし出て、五のゆびごとに弓おはらせけり、五張お一どにはらせける、ゆびばかりの力かくのごとし、誠におびたゞしかりける也、