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洞房語園
異本補遺
角町万字屋庄左衛門が家に、万寿(○○)と雲し格子女郎有し、一人の客になづみて外の勤お疎略にし、庄左衛門が教訓用ひず、うち捨置ば、外の女郎共の為あしければ、勤おやめ引込せて、腰 奉公の如く召つかひたり、万寿は生質発明にて、器量ある女なれば、是も当分のこらしめなればこそとおもひ、下女共の古布子おかり著て、少しも恥るけしきもなく、下女共の立働らく程のことお、何事もいとはず働き、或は買物あれば、彼布子お著て中の町へも出て、諸事に付随分かい〴〵しくはたらきけり、此頃長谷川宗月とて、希代の相人ありて、折々吉原へ来りしが一日庄左衛們が方へ来りて咄し居候ゆへ、庄左衛門宗月お饗応なし、其遊女共の相お見せければ、宗月も当座の言分に、相応なる挨拶してけり、彼万寿はこれお聞、主人庄左衛門が勝手へ立し透に、己も其相人とやらんに見て貰はんとて、宗月に物いふ所へ、庄左衛門また座敷へ出ければ、どこやら主人はこはひ物か、万寿は言捨にして、又勝手へ入けるが、宗月ちよつと万寿が相お見て、庄左衛門にいふ様、先程から大勢の相見し内に、今の下女程の相はなし、福相有てあつばれ遊女ならば、此廓の一二お争ふ名取とも成べし、三年お過さずして、かならず千人の上お越すべき相ありといへば、庄左衛門聞て、夫は彼女の仕合にこそといひて扠宗月には酒お進めて帰しけり、半年計り過れども、主人は何の沙汰もなく、下女にして召仕ひければ、扠は当分のおどしにてはなかりしものかとて、万寿も志おあらためて、人頼みて誤り詫言するゆへ、庄左衛門合点して、また勤お致させければ、かたの如く時花(はやり)て、宗月が言しに違はず、其年より三年目に、年季も一年ありしが、ある有徳成る方へ貰はれて行、多の人の上に立しといふ、伊達ある女にて、やつこ万寿といはれし、