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発心集

室の泊の遊君鄭曲お吟じて上人に結縁する事
中ごろ、少将ひじりといふ人ありけり、事のたより、ありて、はりまのくにむうといふところにとまりたりける夜、月くまなくて、いとおもしろかりけるに、遊君我も〳〵とうたひゆき、ちかうあはれなるものゝさまかなとみる程に、遊女の舟このひじりののりたる舟おさして、こぎよせければ、かんどりやうの者、いなやこれは僧の御舟なり、思ひたがへ給へるかと、事の外にいふ、さみたてまつる、何とてかばさるひがめはみる物かはといひて、つゞみうちて、
くらきよりくらき道にぞ入ぬべきはるかにてらせ山のはの月、と此うたお二三返ばかりうたひて、かゝるつみふかき身となれるも、さるべきむくい侍るべし、この世は夢にてやみなんとす、かならずすくひ給ひなん、こゝろばかりえんおむすびたてまつるなりといひて、こぎはなれにけり、思はずあはれにおぼえて、なみだおおとしたりと、後に人にかたりけり、