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蜘蛛の糸巻
娼家に楼号の始
娼家に楼号お付はじめしは五明楼なり、〈扇屋五明は、扇の異名、〉墨河好事なりし故、楼号おつけしより同時に、鶏舌楼、〈丁子屋、鶏舌は丁子漢名、〉松葉屋お松葉楼、又は館といひしは、今すこしあるべし、うちつけにておかしからず、玉屋、お玉楼は、玉の字うごかしがたし、近来は、さま〴〵の楼号あるが中にも、大黒屋お甲子楼といひしは、いさゝかにや、五明、鶏舌、松葉の三軒は、今絶えたれば、独り玉楼のみ光りおうしなはざるは、代々主人綿服にて、万事素おつとむと聞く、以滋光お失はざるならん、返々も今いふぜいたくは、亡家の毒水なり、若人たち慎むべし懼るべし、〈文化の比に至りては、深川新地などの岡場所にても、大観楼、百歩楼抔、似げなき号お犯せり、〉