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兎園小説

新吉原京町壱丁目娼家若松屋の掟〈所謂めでた若松これなり〉
右若松屋の淀は、毎朝神棚の前へ、新造おはじめ子供残らず居並び、神棚に向ひ、皆同音に
お〈お〉め〈え〉で〈え〉たう〈引〉 三べん
おありがたふ存じ奉ります これも三べん此事言ひ終りて、見せのわき座歟にて、又三べんつゞいひて、夫より仏檀に向ひ居ならびて、又三べん、是おしまひて、内証女房の前に出でゝ、
おめでたふ〈引〉 こればかりはじめの如く三べん、
女房これおきゝていへらく
めでたいとおつしやつた御供(ごくう)いたゞけと、おつしやつたと、これお三べんいふと、それより
新造子供同音に
廊下でさわぎますまい つまみぐひいたしますまい ね小べんいたしますまい お客人お大切にいたしませう わるいことおいたしますまい
など、その外此類の箇条おならべ立てゝいふ、これお聞きて、
女房
一々申しつかつた通り、まちがへるな、旦那さまがおゆからおあがんなさつたら、御祝儀に出よ、わるい事おしたらば、友ぎん味おして申し上うそ、一々申しつかつた通り、まちがへるな子供新造又同音に
火の用心お大切にいたします 三べん
お客様お大切に仕ります 同
これお聞きゝて女房
火の用心〳〵大切は〳〵、上々様方へ御奉公〳〵
御客人様大切は〳〵わいらが親お孝行にして、やつたかはりの奉公だぞ、よろしい、いつて御供(ごくう)おいたゞけ、
新造子供同音に おありがたうぞんじ奉ります
女房いふ
まちがひると棒だぞ○たて
毎夜引け過ぎ、女房の前へ、又新造子供残らず居並ぶ、
女房いふ
火の用心大切は〳〵、上々様方へ御奉公〳〵
お客人さまは大切〳〵、わいらが親お孝行にしてやつたかはりの奉公だぞ、諸神様、諸仏様、諸神様諸仏様上々様〳〵〳〵、お慈悲〳〵〳〵ぞ、よろしい、いつて休息〳〵〳〵、
子供新造一同に
おありがたう存じ奉ります、おやすみなされませうというて、皆々臥所にいるといへり、
此毎日の唱事、正月元日は、おしよく女郎おはじめ、新造、禿、男女出入の者に至るまで、残らずならび居て、かくの如くいふとぞ、