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嬉遊笑覧
九/娼妓
はなおやる、これに二義あり、一つは年わかき時の風流なるさまおいひ、一つは人に物とらするお雲へり、栄華物語〈初花〉なお〳〵しき人のたとひにいふ、時の花おかざす心ばえにや、大鏡〈五〉花おおり給ひし君達、続古事談一時の花にてありければ雲々、時めく人おいふなり、義経記に、花おりて出たゝせ、堀河百首題狂歌に、〈よみ人不知〉一つ木に二度花おやるものは秋の桜のもみちなりけり、卜養狂歌集、〈白蓮お〉枝もなくすらり〳〵ともきあげてなりもはすばにはなおやり候、諸艶大鑑、から鮭も朽木に二度花おやる、西鶴織留、しゆちんの帯、紫皮の足袋にて、花やりしに、温故集に、尼になりて、太秦に住ける頃、〈かいはらすて〉花おやる桜や夢のうきよもの雲々、古へ人のもとへ使おやるに、梓木に玉おつけたるお揺せて、其しるしとせし、これ玉梓の使なり、それより後も、何にまれ、人に物贈るには、草木の枝に付て贈れり、今たゞ金銀などお輿ふるおはなといふももどは花の枝に付てやりしなり、貞順故実集、勧進能の時、花太刀など遣候事勿論なり、太刀は如常、右に持で舞台へさし向ひ候時、座のもの一人、舞台よりおり候て請取候、又花は右手に持候、いづれ舞台の上にて渡し候事はなく候、太刀花其外何お遣候共、かせ者お以て可遣候也、粟田口猿楽記、第四日、六番はてゝ狂言のほどに、芝居より楓の枝え短冊お結びて、桟敷のこすの内へさし入侍り雲々、京童、四条芝居の条、舞台への花の枝は春にあらずしておかし、東海道名所記に、仕舞柱に贈り遣す花の枝は、舞台にさしあげて色おあらそひなど見えたり、花の枝に目錄お結つけたるなり、軽口笑、〈元禄十四年草子〉前巾著よりかね一つ小粒おとり出し、花に出すと申やられければと有は、今の体なり、但し昔は銀玉おやりし事多し、雅筵酔狂集、打花巾著露的月弁当霞など多くみえたり、一目千軒、紙はなの事、遊所にて花お打とて、紙お出す、是お紙はなといふ、むかしより有ことなり雲々、半井卜養、下さるゝ紙はなにえにしのありとおもへば、古へ引出物禄物などいふ、みな贈りものなり、紙おつかはすは目錄の心なり、沙石集に、かへり引出物とて、紙に物かきてとらせたることあり、引出物は、馬など、貴人へも献ずることあり、禄は上より下へ賜ふものなり、漢土には、褒美にはな遣すお、纏頭、助采といへり、板橋雑記などにみえたり、金瓶梅十一回書袋内取両封賞賜毎人三銭、これらの外に又一義あり、色道大鑑、花にたつる、下略して、花と計りもいふ、我思ふ女分は差合あるか、又は遣女この男に売事お承引せざるお、女郎と密談して、各別の、女郎おはなし置、心ざす女郎に逢事なり、見せ男の心におなじ、是は外へみする女郎なり、又傾城屋の女子お抱るにも、肝煎の者にまよはされて、花たてらるゝといふ名目あり、是はいらざる事にて、常のものしりても益なし、〈其外図取に花あり、又京難波にて買色の揚銭にいひ、又料物お入花など雲ふ、いづれも花に出すといふことより出、〉