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賤のおだ巻
翁〈○森山孝盛〉が大御番勤て在番する比、相番の咄に、三浦某〈大御番大久保主膳正組翁が番頭と対組なり〉若き比〈安永より二三年も昔なるべし〉吉原へ行て遊びたりしに、其遊女初会とはいへど、殊の外よくもてなしたりしに、こらへがたくて、其夜床花お十五両遣したり、彼女もかたじけなく思ひけるにや、明る朝帰る時、大門迄送りたり、其後ふたゝび三浦行ず、友達の左ばかりよくしたる女お、何故にふたゝびゆかざると問へば、三浦がいふ、かやう〳〵の次第なり、金もらひたりとて、初会より送り出る女おもしろからずとて、其後尋ねもせずに置たりと雲咄しお、相番の咄したり、其比の人の心感ずるに余りあり、誠の遊びなり、今は始めより遊女の方から、上まへ取て帰るべき工み計にて、其如き筋の立たる遊人は中々なし、殊に其弁利お発明と思へり、暑〈○暑誤字〉なる人情なり、