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今昔物語
十三
筑前国女誦法花開盲語第廿六
今昔、筑前の国に府官有り、其の妻の女、両の目盲て明かに見る事お不得ず、然れば女常に涙お流して歎き悲む事無限し、誠の心お発して思はく、我れ宿世の報に依て二の目盲たり、今生は此れ人に非身也、不如じ隻後世の事お営んで、偏に法花経お読誦せんと思て、法花経お年来持てる一人のお語ひて、法花経お受け習ふ、其の後日夜に読誦する事四五年お経たり、而る間此の盲女の夢に、一人の貴き僧来て告て雲く、女ぢ宿報に依て二の目既に盲たりと雲へども、今心お発して法花経お読誦するが故に、両眼忽に開く事お可得しと雲て、手お以て両目お撫づと見て夢覚ぬ、其の後両目開て物お見ること明かにして本の如く也、女人涙お流して泣き悲むで、法花経の霊験新なる事お知て礼拝恭敬す、亦夫子息眷属此れお不喜ずと雲ふ事無し、亦国の内の近き遠き人皆此の事お聞て貴ぶ事無限し、女人弥よ信お発して、昼夜寤寐に法花経お読誦する事理也、亦書写し奉ても供養恭敬し奉りけりとなむ、語り伝へたるとや、