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今昔物語
十三
信濃国盲僧誦法花開両眼語第十八
今昔、信濃の国に二の目盲たる僧有けり、名おば妙昭と雲ふ、盲目也と雲へども、日夜に法花経お読誦す、而るに妙昭、七月の十五日に金鼓お打むが為に出て行く間、深き山に迷ひ入て一の山寺に至ぬ、其の寺に一人の住持の僧有り、此の盲僧お見て哀むで雲く、女ぢ何の故に来れるぞと、盲僧答て雲く、今日金鼓お打むが為に、隻足に任せて迷ひ来れる也と、住持の雲く、女ぢ此の寺に暫く居くれ、我れは要事有て、隻今郷に出でヽ明日可返来き也、我れ返て女お郷に送り付む、若其の前に独り出でば、亦迷ひなむづと雲て、米少分お預て置て出ぬ、亦人無きに依て、盲僧一人寺に留て住持お待つに、明る日不来ず、自然ら郷に要事有て逗留するなりと思て過るに、五日不来ず、預け置ける所の少分の米皆尽て食物無し、尚今や来ると待つ程に、既に三月不来ず、盲僧可為き方無くて、隻法花経お読誦して、仏前に有て手お以て菓子の葉お捜り取て、其お食て過すに、既に十一月に成ぬ、寒き事無限し、雪高く降り積て、外に出でヽ木の葉お捜り取るにも不能ず、餓え死なむ事お歎て、仏前にして経お誦するに、夢の如く人来て告て雲く、女ぢ歎く事無かれ、我れ女お助けむと雲て、菓子お与ふと見て覚め驚ぬ、其の後俄に大風吹て、大なる木倒れぬと聞く、盲僧弥よ恐お成して、心お至して仏お念じ奉る、風止て後盲僧庭に出でヽ捜れば、梨子の木柿の木倒れたり、大なる梨子柿多く捜り取つ、此れお取て食ふに、其の味極て甘して、一二果お食つるに、餓の心皆止て食の思ひ無し、此れ偏に法花経の験力也と知て、其柿梨子お多く捜り取り置て、日の食として、其の倒れたる木の枝お折取て、焼て冬の寒さお過す、既に年明て春二月許にも成ぬと思ゆる程に、郷の人等此の山に自然ら来る、盲僧人来る也と喜び思ふ程に、郷人盲僧お見て問て雲く、彼れは何者ぞ何で此には有つるぞと恠び問へば、盲僧前の事お不落ず語て、住持の僧お尋て問ふに、郷人等答て雲く、其の住持の僧は、去年の七月の十六日に郷にして俄に死にきと、盲僧此れお聞て泣き悲むで雲く、我れ此れお不知ずして、月来不来ざる事お恨みつと雲て、郷人の共に付て郷に出ぬ、其後偏に法花経お読誦す、而間病に煩ふ人有て、此の盲僧お請じて経お令誦めて聞くに、病即ち〓ぬ、此れに依て諸の人、盲僧お帰依する事無限し、而る間盲僧遂に両眼開ぬ、此れ偏に法花経の霊験の致す所也と喜で、彼の山寺にも常に詣でヽ、仏お礼拝恭敬し奉けりとなむ、語り伝へたるとや、