今昔物語

十六

盲人依観音助開眼語第廿三
今昔、奈良の京の薬師寺の東の辺の里に一の人有けり、二の眼盲たり、年来此れお歎き悲むと雲へども事無かりけり、而るに此の盲人千手観音の誓お聞くに、眼暗からむ人の為には、日摩尼の御手お可宛しと、此お深く信じて、日摩尼の御手お念じて、薬師寺の東門に居て、布の巾お前に敷たり、心お至して日摩尼の御名お呼ぶ、行来の人此れお見て、哀むで銭米などお巾の上に置く、亦日中の時に鐘お撞く音お聞て、寺に入て諸の僧に食お乞て、命お継て年来お経る間、阿倍の天皇〈○元明〉の御代に、此の盲人の所に二の人来れり、此れ本より不知ざる人也、亦盲せるに依て其の形お不見ず、此の二の人盲人に告て雲く、我等女お哀が故に、女が眼お滌はむと雲て、左右の目お各治す、治し畢て盲人に語て雲く、我等今二日お経て必ず此の所に可来し、不忘して可待しと雲て去ぬ、其の後其の盲目忽に開て物お見る事本の如し、而るに彼の二の人来らむと契し日待に不見えず、然れば遂に其の人と見る事無し、此れ観音の変じて来て助け給けると知て、涙お流して悲び喜びけり、此れお見聞く人、観音の利益の不可思議なる事お敬ひ奉けりとなむ、語り伝へたるとや、