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塩尻
十二
肥前国佐賀近き里に川上と雲所有、此地に在る盲者老少となく、皆脇指おさし侍るとなん、里俗の説に、鎮西八郎為朝九州に在し日、此村の川に大蛇住て人お取る事久し、為朝強弓大矢お以て彼蛇お射る、然に其矢蛇お射ぬき、川上明神の森なる楠に立、蛇は川底に沈けるお、盲者あり、一刀おさして水に入、死蛇に縄おつけて引あげしより、後世に至りて此里の盲人は、一刀お帯すと雲へり、二三十年前、彼社の大楠一枝折れしに、其木の中に大の雁股なる矢の根あり、凡股の一方八九寸計りもありて、中子ふとく尺余も有なんと、見し神人の伝へし、為朝の矢お楠に射とゞめられしといふは、正しく是なるべしとて、祠に蔵したりとなん、其時見侍りし長崎の人、物語せしかば、便りにこゝに筆す、