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栄花物語
一/月宴
内侍のかみ、〈○藤原登子〉の御はらからの高光少将ときこえつるは、わらは名はまつおさ君と聞えしは、九条殿のいみじう思ひきこえ給へりし君、中宮〈○村上后藤源安子〉の御事などもあはれにおぼされて、月のくまもなうすみのぼりて、めでたきお見たまひて、
かくばかりへがたく見ゆるよの中にうらやましくもすめる月かなとよみ給ひて、そのあかつきにいで給て、法師に成給にけり、みかど〈○村上〉もいみじうあはれがらせ給、よの人もいみじくおしみきこえさす、多武峯といふ所にこもりて、いみじくおこなひておはしけるに、みつばかりの女君の、いと〳〵うつくしきぞおはしける、それぞなお覚しすてざりける、たふのみねまでこひしさはつゞきのぼりければ、はゝ君の御もとに、それによりてぞおとづれ聞え給ける、かのちご君も、屏風のえの男おみては、てゝとてぞこひきこえ給ひける、これは物がたり〈○多武峯少将物語〉につくりて、よにあるやうにぞきこゆめる、あはれなることにこのことにぞよおはいふなる、