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撰集抄

永眼大僧都遁世事
昔山階寺にやむごとなき智者にて、永眼(〇〇)大僧都と雲人侍き、唯識因明お明にせりとぞ、世おそむく心ふかくして、寺のまじはりうるさく覚て、権長官まで至り侍けれども、本意ならず侍て、人にもしられ侍らず、かきけつがごとくして、跡お暗くし待ければ、弟子どもさはぎ迷ひて、あそこ援求め尋けれども、更にみえ侍らず、かくて月日お重ねければ、弟子共も雲がひなく覚えて、ちりぢりに成ぬ、此僧都信濃国木曾と雲所に、落留給へり、或時は山深く思入て、つねなき色お風に詠或時は里に出て、便なきひなのすみかの戸ぼそに立寄て、水おくみ、薪お取て、与などぞせられける、いかなる由ある人やちんといへども、法文のかたには、もてはなれたるさまおぞふるまひ給へりける、玄賓の昔の跡に、露もかはる事侍らず、山田お守わざはいかゞ侍けん、つぶねとなりて人に随ひ、みなれ棹さして人お渡すいとなみは、めづらかなる事にも侍らざりけるとかや、〈○下略〉