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用捨箱

鍋取杓子之古製
鍋取公家といふは、いやしめていふにはあらず、老懸おかけたるおいへるなり、老懸お俗に鍋取又釜取ともいふ、さて今厨にて鍋取おもちふる家、たま〳〵はあれども、革鞋足半の形に作れり、〈○中略〉此画〈○百鬼夜行画〉の杓子の柄いたく曲れり、案るに昔はみなかくの如くなりし故に、杓子定規の諺はあるなるべし、此古製百余年前までは、江州多賀社より守りに出す杓子のみに、残りありしとおぼしく、猶の草紙〈原板完永十一年刻〉まがれる物の品々の段、〈大工のかねや蔵のかぎ、檜物屋の仕事、なべのつる、おたがしやく(○○○○○○)、〉と並べ出せり、又俳諧にも、
玉海集〈貞室撰明暦二年印本〉
ゆがみなりにも寿命ながかれ
手づよさはお多賀杓子の荒けづり
など見えたり、蝌蚪おおたが杓子といふも、〈お玉じやくしといふは誤〉水中にて尾のうね〳〵とうごめくさま柄の曲りたる杓子に似たる故の名なる事必せり、今のお多賀杓子は、常の杓子にかはらねば蝌蚪にも似ず、柄は定規ともなるべく、真直にて古製お失ひたり、