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玉函叢説

衝重の考
中比より人おあへする器の中に、衝重てふ物あり、〈衝の字はつくといへるがよみ也、されどついかさねと用しには、つくといふ事にはあらで、ついといへる詞によりて、此字仮用ひたるなるべし、ついといへる詞こととまうけて、とみにしいへるおいへり、衝立障子てふ物、古尋常の障子は、敷居鴨居なきにはたつべうもあらぬお、是はいづちにもとみに立ん料に、しいでつれば、さる名おばつけたるにて、つき立るにはあらざれど、衝の字お用る事も是おもてしるべし、〉元は何くれの物の蓋お打復して、身の上に居たれば、衝重とはいひにけんかし、五節所にて姫君の衝重には掛外居お用い、女房のには長櫃お用いけるなどいへるも、さこそはありけめ、〈五節所の姫君、女房等衝重の事は、雑要抄五節所装束料雑事とある条の末に、当日〉〈中略〉〈次女房衝重用長櫃、姫君料掛外居用之、凡自余日同前と見へたり、長櫃の衝重は女房のあまたある中に、すべてうちむかひに並居て、台盤などのさまにてあるべきなり、〉されど打まかせては足なき折櫃お用いける也、古き賭射の絵の、射手の饗まうけたる所に、衝立のあなるは、みな足なき折櫃也、〈古き賭射の絵の衝重は、折敷のふちもなく、下の折櫃のとぢめもかゝす、是は古き絵のくせにて、むつかしければかきもらしける也、狩衣などの鰭袖と大袖と縫目かきて、大袖と身との縫めはかきもらせるの類なり、且古き絵の折敷、皆ふちおばかきもらせり、もし今の人むかしの折敷は、かくふちもなくてありぬやといふべきか、されどふちの折曲られてあればこそ、折敷とはいふめれ、ふちなくば折敷の名あるべからねば、古しへよりふちはありつるお、むつかしければ書もらしたるに疑なし、〉げにも御前にて、王卿に肴物などたまはする衝重も、かくこそ有べき、〈祭の使庭座行幸の御前の簧子にて、衝重お給はする事は、諸家の記錄にあまねくあることなれば、委しく注するにおよばず、〉雑要抄に、仁和寺殿競馬行幸の御遊の肴物記したる所に、殿下の前の肴物菓子等の末に折敷二枚、大臣の前の末にも已上折敷二揃とあり、されどかゝる度に折敷のみにて給はする例のなければ、此折敷は折櫃の蓋にて、則折櫃の衝重なる事明らか也、かゝれば衝重には、足なき折櫃お用らる也、折まげたる定め也ける、