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蒹葭堂雑錄

衝重といへる台は、賀茂祭には必ず入事なるが、其製伝はらざりしお、元禄七年賀茂祭御再興の時、いろ〳〵僉儀ありて、出来たりしとぞ、通例の三方ぐりの台の横長にして低きものなり、白く塗て摸様お画く、是おうつして、茶道に紺青お以遠山お画き、俗に遠山台となづけ、早春の熨斗台などに専ら用ゆ、故に有職の道に心あるものは、衝重といひて、予て知といへども、余人はしらず、隻遠山台といへる物と心得たり、原来有職の方には遠山は画かず、若松あるひは松に鶴、錦花鳥、四季の花等なり、猶衝重といふは、急の設に筥の蓋お仰むけてのせ用ひしゆえに、つい重ねたるといふよりして、衝重とはいふよし、衝立の屏風なども、其時にのぞみて、つい立たるよりして号くるといへり、胡粉にて白く塗たるお様塗(やうぬり)といへり、公事根源臨時客の条に、朱器様器といへる事あり、様器といへるは、木地の器のことにして、様塗といへるは、生地にて用ゆるお、疎き木理お隠さんために、白く塗し物にて、生地と同様なりとそ、寸法は普く知る所なれば、是お贅せず、折敷の面に冊木(とぢき)とて、柳あるひは樺にて冊たる結びあり、是なん蓋お仰むけて、筒に冊つけたる形なり、又筒の打合せと、折敷の打合せと、左右の違ひあり、則ち翻したる証なりといふ、